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| 校章 | |
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| 校歌 | |
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| 学校のシンボルとしての校歌と校章は、設定委員会を発足させて作成を進めました。 校章は児童生徒の応募作品から、校歌の歌詞は日本人会の応募作品から決定し、作曲はコスタリカ国立管弦楽団のヴァイオリン首席奏者であり、音楽院管弦部長であった八木哲夫氏がこころよく引き受けてくださいました。 八木氏は当時を振り返り、次のように語っています。 「サンホセ日本人学校校歌は、その当時日本人会で募集した応募作品多数の中から中島和子さん(当時主婦)の作品が選ばれました。私は、その話を聞き、是非やらせてくださいとお願いしたのです。歌に少し古さはありますが、格調高い歌詞と音節にまとまりがあります。ただ、歌っている校歌には出てきませんが、〜ああ、サンホセ日本人学校〜の最後の所は、作詞者の了解の上で省略させていただきました。 校章は、当時サンホセ日本人学校に在学していた小学部4年生の鳥飼匡志くんのデザインが採用されました。 校歌・校章披露式は、昭和53年3月5日に、第4回小学部卒業式とともに挙行されました。 |